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石田はソファーに寝転がったまま、耳をそばだてていた。ぱたんと戸が閉まる音。その後に洗濯機に服を投げ入れている音。最後にジャーっとシャワーの音。
紗英がシャワーを浴び始めたことを確認して、身体を起こし、テーブルの上に無頓着に置かれたスマホを手に取った。
紗英のスマホは五年前に石田自身が買い与えたものだった。このご時世スマホを持っていないと言い張った紗英の為に買ってやり、それ以降は買い替えてやると言っても紗英は頑なに首を縦に振らない。
なれた手つきで紗英のスマホのロックを解除する。毎回指でなぞってロックを解除しているのを、それとなく見て覚えておいた。アイツはどこまで無防備なんだか……呆れつつも、それが紗英らしくてホッとする。アイツは変わらなかった。五年もこんな街に住んで居たのに。
石田は電話帳を開いて、一つの電話番号をじっと見つめていた。知らない名前に知らない番号。これだな……。自分のスマホを取り出すとカメラを起動させてその画面を撮った。
それからざっと電話帳を見ていき、残りは知っている番号ばかりだったので、確信した。
『いっちゃん』
間違いないだろう。一回も紗英の口からは出てこなかった名前。それでも石田は知っていた。紗英の大事にしている手帳に唯一挟まっている若い男の写真。なかなか整った顔をした男。あいつが『いっちゃん』だろうな。
石田は紗英が戻ってくる前にスマホを元の場所に置いて、伸び始めた無精ひげを撫でた。
ショータイムだな。石田は小さく呟いて、クシャっと表情を崩して笑い出す。紗英の驚いた顔を想像するだけで、こみ上げてくる笑いを隠すことなく声に変えていく。一人しかいない部屋に笑い声が響いていた。
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