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紗英は風呂から上がると髪を乾かし、最後に手にたっぷりとハンドクリームを塗り込む。毎日毎日しっかり保湿をしても手は常にかさついている。それはこの五年常態化していた。
クリームの入れ物を洗面所の定位置に戻す。そして手のひらを鼻に近づける。海を思わせるフレグランスクリーム。
あれ以来、母の沈んだ海には行けていない。母は何かから逃げるために全てを置き去りにした。その母に残され苦しんだはずなのに、結局私もなにもかも置いて逃げ出した。
海の匂いを嗅ぐとズキッと痛みを感じる。罪悪感だろうか。それとも失ったものへの羨望だろうか。紗英は手を下ろし、洗面所の電気を消した。
寂しい。押し寄せる孤独は石田さんの温かい胸に頬を寄せれば眠れるくらいには和らぐ。でも、紗英はなかなか寝付けない日々で気がついていた。
いっちゃんが近くに居てくれた時は寂しくても眠れないなんて事はなかった。いっちゃんが孤独から守ってくれていたのだ。
幼かった私はそんな簡単なことに気がつかず、いっちゃんの存在に甘えきっていた。
失うまでわからないなんて……本当に愚かだ。
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