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掛かってきた電話は初めて見た番号だった。しばし番号を見つめ、通話ボタンを押した。
「あー、もしもし?」
これまた聞いたことのない声。壱は記憶の糸を手繰るように返事をする。
「えっと……どちら様ですか?」
スマホにかけてくるくらいだから、取引先の人間なのか……ネクタイを緩めながら部屋のカーテンを引いた。まだ家に帰りついたばかりで腕時計すら付けたままだった。
「それより『いっちゃん』で間違いない?」
声は知らない中年男性なのに、壱はそれだけで一つの記憶にピントがしっかりとあった。
苦い記憶。サエは誰にも何も告げずに消えた。一番近くにいたはずの自分にも何も言わずに。
「そっちは?」
いっちゃんと呼ぶのはサエだけだ。ふざけていっちゃんと呼んだ友人にもその呼び方はやめてくれと断り続けてきた。だから、そう呼ぶのはサエだけだった。この電話の相手はサエを知っている。そう思うと複雑な感情が沸き上がる。安堵や憤り、あとはなんだ……。
「んー、紗英の後継人ってとこかな? とりあえずあんたに会いたいんだよ」
声の低さ、質から言って電話の相手は年上だろう。だけど、なんとなく偉そうなのが気に障る。そもそも後継者ってなんだよ。シュルシュルと首に巻き付いていたネクタイを引き抜くと近くにあったソファーに投げた。
「サエが会いたいと言っているなら……」
「いや、言ってない。いっちゃんの話もしないしな」
「じゃあ、なぜ会いたいんですか」
壱は苛々しながら問うが相手は全く持って気にしてないようで「会わなきゃ始めらないからってとこかなぁ。明日、夜の八時にまた連絡する。新宿で話そうじゃないか」とさっさと時間や場所を告げてきた。
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