五年

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 男は言いたい事を言い、一方的に電話を切った。壱は切れた電話をしばし握り、ネクタイと同じ場所に投げた。  五年前、突然消えたサエを心配したサエの父親から連絡を貰ったのが始まりだった。問われても、答えられることは何一つなかった。むしろ、知らされた事実に壱は目の前が真っ暗になった。  バイトをしていた? バイト先のオーナーと付き合っていた?  寝耳に水の情報にあり得ないと言い切りたかったが、あの頃、サエがどんな日々を過ごしていたのか知らないことに愕然とした。新しい家族が出来る事や、妹になる子が父親にそっくりなこと、きっと孤独を感じていただろうに、気がつかなかった自分への怒り。言って欲しかったと言う悲しみ。  壱はとにかく二人の育った街を探し歩いた。もちろん、二人でよく行ったあの防波堤にも。  サエは海には入らない。絶対に、いやきっと、そうであって欲しい……。握り締めた手。海の波を見つめ海に問う。  サエは海に入るはずないだろ? そうなんだろ?  しかし、答えは返ってくることはない。サエがいつも海を見て様々な問いを思い浮かべていても返ってこなかったように。海はいつもと変わらぬ穏やかさで寄せては引いていくだけ。知っているなら何か教えて欲しいのに、ただただ黙して語らずだった。
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