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その場所は新宿と言っても裏路地の、普通の人間なら入って行くことを躊躇するような寂れた中華店だった。看板には日本語など一切書かれていないし、付けられている電飾は明かりが消えている部分の方が多くて、はっきり言ってつけている方が見栄えが悪いと言えた。
伝えられた場所とマップはその店を指していても、壱は店の前で足を止めていた。ガラス戸なのに戸はペンキで染められているから中をうかがい知ることは出来ないし、とにかく人を拒む飲食店で困惑する。
先が思いやられるな……。壱は大きなため息を吐きながら頭を下げ、そして意を決して頭を持ち上げた。手を戸に掛けると一気に開けた。気持ちが萎む前に。
手前には汚いテーブルと、イスもパイプ椅子を少しだけ豪勢にしたようなチープ感漂うもので、それが数セット。その奥に無駄に豪華な造りのソファー席があって、男が一人だらけた姿で座っていた。
「いらっしゃい『いっちゃん』」
どう見ても気質に見えない男が壱を見てそう言ったのだから、呼び出したのはその男に違いない。
いくつなのだろうか。五十はいっていないだろうが、渋い二十代、無駄に貫禄が座った三十代かもしれない。細身の身体をしている癖に、どうも威圧的な感じがし、しかも全身からみなぎる自信と言うのか、ゆるぎない自己を感じる。
「どうも」
壱は背負っていたビジネスリュックを下ろして置き場所を迷うと「そこに置きなよ」と男に安い椅子を指で指されて、そこに置くことにした。ついでに来ていたコート脱いでバサリとその上に掛けた。
「まあ、掛けてよ。腹減ってるならなんか食うか?」
「いや、いいです」
あっさり断っても男はなんとも思ってないようで、近くに居た女に合図をして女は頷いていた。
「おら、時間は有限。座った座った」
なかなか座らない壱に座るように促す。壱は小さく頭を下げて、焦げ茶色のソファーに腰を下ろす。そのソファーは思ったよりもふわふわで、感触は皮らしいので、案外値が張る物なのかもしれないなどと座りながら思った。
「サエは今日は来ないんですか?」
「ああ、『いっちゃん』と会うことは言ってないしな」
「そうですか」
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