五年

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 紗英は何時も通り仕事を終え、家に向けて歩いていた。なんだか空気がツーンと冷えきっていて、雪でも降るのではないかと、何度も空を見上げていく。  金曜日の夜。街はおかしなほど受かれている。酔って頬を赤くした人、声が大きくなっている人、やたらと笑っている人。人が溢れて、細い路地にまで入り込んでいたりする。  早く帰ろう。紗英は着ていたダウンコートの襟を立て、肩を竦めて歩いていた。  住んでいるマンションのエレベーターを降りると、すぐさま異変を感じ取った。部屋の前に人が立っている。距離はあるが若いサラリーマン風なのはなんとなく分かる。  胸騒ぎがした。石田さんは普通の人ではない。けれど、本当はどんな人なのか、何年も一緒に居るのに知らなかった。悪いことをしているのかしていないのか。しているなら、どれ程のことをしているのか。石田さんは話さない。紗英も聞かない。それは暗黙のルールであると、紗英は考えていた。  警察? 腕を組んで扉にもたれかかる若い男性。誰かを待っているのは確かなようだ。  紗英の足は動かない。警察じゃない場合、誰。敵対している人が居たりするのだろうか。いや、もしかすると同じ派閥の人間でただ用事があって待っているだけかもしれない。  警戒して動けずにいた紗英に、その人物が先に気がついて、もたれていた扉から身体を離して数歩歩み寄ってきた。  紗英はその瞬間、ゾワゾワと鳥肌が立った。知ってる。この歩き方。明かりがあるとはいえ暗い通路だった。だから顔は見えなかったのに、そのたった数歩で紗英の時計は一気に遡っていく。
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