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「サエ?」
背後から掛けられた声にビクッと身を震わせる。いっちゃんに知られた。また捨てられたことを。情けないし、恥ずかしい。それに心のどこかで振り返って泣きつきたい自分がいて、心底嫌悪する。あんな形でいっちゃんを裏切りながら、まだすがろうとするなんて。
涙を拭うと震える身体を落ち着かせるために深呼吸をした。それもガタガタと震えて、声が出ていればしゃくり上げているように聞こえただろう。
「いっちゃん………あの人……なんて?」
顔は向けられなくて背を向けたまま、言葉が震えないよう慎重に発した。
「ああ……、サエは行く宛がないから、迎えに行けと」
紗英はその答えに笑ったが、笑った拍子にまた涙が溢れ落ちた。
「そんな気を……」
回すくらいなら、なんで連れていってくれないのかと言おうとして、口にはしなかった。
連れていきたくなかったんだよ。脳裏に浮かんだ答えと、シルエットでしか浮かんでこない母の姿。誰でも良かったとかつてバイト先のマスターが言ったように、石田さんにとっても紗英は重要な立ち位置にはいなかったのだ。そして、母のように置き去りにしていった。
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