五年

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「サエ。とにかく、ここは寒いし帰ろう」  紗英はぎゅっと目を瞑る。  どこへ、帰るって言うのだろう。行く場所なんてどこにもないのに。  俯くと涙が落ちる。落ちた先にはフローリング、朝出掛けるときはカーペットが敷いてあったところだ。モノトーンのカーペットは目を閉じている時は鮮明に見えるのに、瞼をあげると跡形もなく消え去る。そして、広がる見たことのない床。  壱は揺れ続けている肩を見ている他なかった。サエを包む悲しみは痛いほど伝わるのに、抱き寄せることも頭を撫でて宥めることも出来ない。二人の間には五年と言う時間が横たわっていて、手を伸ばすことすら憚れた。  サエは背を向けて、声を漏らさずに泣いている。泣いている姿を見られないよう、或いは気付かれないようにしているのかもしれない。  そうだよ。サエはいつだって強い悲しみを見せず、ショックを受けても次の日にはまるで何もなかったように壱の前に現れる。だから、気付いてやれなかった。 辛くないわけないじゃないか。悲しみに耐性なんて、つくかよ。俺だってサエが居なくなって、いつまでも辛かったし、今だってどうして居なくなったのか問いただしたくなるのに。
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