五年

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 三階の、しかも一番奥にいっちゃんの部屋はあった。階段が終わってもいっちゃんはたぶん他の住人への迷惑を考えて、スーツケースを引かずに持っていき、部屋の前まで来るとやっとそれを下ろす。そして鍵を出すとそこを開けて中へとスーツケースを入れた。 「入って」  短い指示に従っていっちゃんの部屋の玄関に入っていった。背後でゆっくり扉が閉まり、最後にカチャと鳴いた。 「上がって」  いっちゃんはまた短い指示を出してくる。サエもまた、それに従い中へ。  いっちゃんの部屋。ベッドがあってテーブルにソファー。黒ばかりの部屋に棚は白でテレビはやはり黒。ベッドの上に脱ぎっぱなしのスウェットがあり、それはグレーだった。 「あ、やば。俺コンビニ行ってくるから。夕飯買うの忘れた」 「それなら、もし食材あるなら、作るよ」 「んなの、ないない。サエは待ってて。エアコン入れたから温まってくるし、ホットカーペットも入れたから座ってな。さっきの駅前にあるコンビニまで行ってくる」 「私も行く」 「いいから、温まってなよ」  いっちゃんはスーツ姿のまま、そういい残すとあっという間にまた家から出ていってしまった。  置いてけぼりの部屋に一人佇んでいると、石田さんを思い出してしまうのに、いっちゃんは行ってしまった。瞬きをして、立っていても仕方ないとホットカーペットの上に座ってみる。よく見たら焦げ茶色で黒ではないふわふわのカーペットカバー。手を這わしてみながら部屋を見渡して、テレビの置かれた台で視線が釘付けになった。マニキュアの小瓶。ベージュに近いそれは施す人物が子供ではないことを物語っていた。
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