五年

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 五年だもん。いっちゃんは少し痩せてフェイスラインが引き締まったけれど、相変わらずキラキラしていた。彼女がいるのは当たり前だ。  サエは膝を立てて、その膝を抱え込んだ。  五年前、私は逃げた。自らの行いを恥じて、逃げ出した。たまたま拾ってくれた石田さんの元で、ささやかな平穏を支えに生きてきた。あの場所はぬるま湯みたいで居心地が良かった。いずれは冷める湯だと心の何処かで感付いていたとしても。  マニキュアの小瓶をじいっと見つめてから、目を閉じる。  裏切った私を、いっちゃんは嫌な顔ひとつせずに迎えに来てくれた。お付き合いしている人が居るのに……部屋に入れてくれたんだ。優しさも面倒見の良さも変わってないんだね、いっちゃん。  サエは目を閉じたまま更に足を抱えて身を小さくした。  お母さんに置いていかれ、あんなに悲しかったのに……私はお母さんと同じことをしたのだ。母の理由なんて知らないが、やったことは同じ。  残された人の苦しみを知っていたはずなのに、あの時、逃げてしまった。  いっちゃんは裏切られた事を知っただろう。それでも居なくなった私を探したはずだ。私だってあの海に通ったのだから、母を探して……。  何もかも後悔し、それでも戻れなかった五年間。日にちを重ねる毎に、引き返すことができなくなっていった。
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