五年

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 一気に三階分の階段を掛け上がるのは、最近運動不足の壱にはなかなかキツかった。息が上がって肩が呼吸に合わせ、大きく上下する。それでも部屋の中を今すぐに確認したくて、勢い良く扉を引いた。  部屋の端、ベッドの横に小さくなって座っていたサエが明らかに驚いた表情で壱を見上げている。  居た。  確認出来れば冷静さが戻ってきて、息切れしている自分が気恥ずかしい。 「いっちゃん、走ったの?」  驚きのまま戸惑ったサエが問う。 「ああ、待たせたら悪いかなって……」  咄嗟に嘘を吐いた。居なくなっていたらと心配したからとは、言えないから。  でも、サエが落とした視線を見れば、なんとなくバレたんだろうとわかっていた。申し訳なさそうに俯くサエに、壱も口から謝罪の言葉が漏れそうになった。  ごめん、居なくなるって疑っている訳じゃないんだ。ごめん、責めてる訳じゃないんだ。  ただ、謝ったらどうしたって過去の話になりそうで、それは今だけでも避けて通りたかった。まずはサエが目の前に居るって事が何より大事なのだから。 「弁当買ってきたから温める」  備え付けのキッチンには置ききれないから、床にペットボトルなんかをとりあえず置き、弁当を袋から出す。 「手伝うよ」  サエは既に腰を上げていたが、壱はそちらに顔を向けていいから。と、座らせる。 「二人で立てるほど広くないしさ」 「でもいっちゃん着替えたりしたくない? スーツのままじゃ」  壱は電子レンジに弁当を並べて置くとスイッチを押した。 「そうだな……じゃあ、お湯沸かしたりペットボトル冷蔵庫に適当に入れちゃってくれる?」
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