五年

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 サエが立ち上り二人は場所を交換する。すれ違い様に見たサエの目元はやや赤みを帯びていたが、既に泣いた痕跡はそれしか残っていない。ボブヘアがサエの顔を隠して見えなくなった。  やはりサエはサエのまま。悲しみを隠す能力に長けている。悲しくないわけないんだよ。ある日忽然と好きな人が消えて、そんなモノなのかと直ぐに受け入れられる人間なんて居ないはず。少なくとも俺には無理だった。  スーツの上着を脱いで、チラリとサエを盗み見る。サエは冷蔵庫にペットボトルを閉まっているところだった。その隙に壱はズボンを履き替える。スウェットの上下になってから、いつもは初めにとる腕にはめた時計を外した。 ピーっと電子レンジが鳴る頃には、壱もキッチンに戻ってきていた。狭いからと言ったのに結局並んでしまう。サエは袋から出したサラダやカットフルーツを手にして居る。 「いっぱい買ったね。でも、バランス考えてて偉い」 「いや、適当だよ。サエ、スープ飲む?」 「えっと、食べきれるか分からないから」 「いいよ、残したら俺食うし、温かいの飲みたいだろ?」  サエは数秒考え、壱の袂に入ってくるようにしてカップスープを選び、ミネストローネを取ってサラダなんかと共にテーブルに運んでいった。 「お金払うね」  戻ってきながらサエが言う。そんな他人行儀な事、言うのか……。馬鹿みたいに傷付きながら「金取る気だったら、もっと高いの買ってるし」なんて、微妙な冗談で返す。
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