五年

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 紗英は一晩中、捨てられた悲しみとそれと同じことをした自分への嫌悪感で行ったり来たりを繰り返し、ほとんど眠ることが出来なかった。  被った毛布からいっちゃんの懐かしい匂いがして、ちょっとだけ安堵する。するとウトウト浅くても寝られるのだから、いっちゃんは凄い。  例え、女物のシャンプーが置いてあったり、歯ブラシが多めにあったりしても、いっちゃんには甘えたくなる。こんなに安心して傍に居られる人は居ないから。  朝日が部屋に差し込んできたのを待って、紗英はもぞもぞと動き出した。起き上がって初めに見たいっちゃんの寝顔。懐かしいけど、少し新鮮。大人になっちゃったんだな……。  そんな風に思い見ていたら睫毛が小刻みに動いて、そして瞼が上がる。いっちゃんの目は紗英を確認すると、食い入るようにそこで止まって、そして瞬き。 「あぁ……おはよ。早くね?」 「うん、まだ早いから寝てて」  いっちゃんの視線が壁に掛けてある丸い木目調の時計に向かう。紗英もつれられて見上げると、朝の七時を回ったところだった。 「仕事行かなきゃいけないんだ。今日は十時までに行くの」  時間には余裕があった。でも、寝てもいられない。くよくよしても仕方がないし、紗英にはやらなければならないことがあった。まずは住む場所を何とかしなければならない。今夜寝る場所すらないのだから。  片手をついて身体を起こしたいっちゃんが「まだ余裕じゃん」と目を擦る。 「いろいろやらなきゃいけないことがあるから。考えなきゃいけないこととかも」 「……それって、出て行くつもり?」  そう言ったいっちゃんの声はいつもより低い。紗英はその通りなのだが、なんとなく答えにくくて唇を噛む。それでも、頷く。 「いつまでもお世話になるわけにはいかないから。ちゃんと部屋を探さなきゃ」 「お世話……とか言うなよ。居たらいいじゃん」 「そう言う訳にはいかないよ」  だって、いっちゃんの家には女の人のものがいっぱいあって……いや、それは問題じゃない。依存するばかりの日々はもうやめないと。路頭に迷うなんてあまりに格好悪い。もう、子供じゃないのだから。
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