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余裕だ。
懐かしい敗北感。いっちゃんにも抱いていた劣等感からくる完全なる負け試合だ。相手は余裕があって微笑んでおり、一方紗英はオドオドしている。悲しい現実に気落ちしながらも問う。
「あの……いっちゃんは……」
「シャワー浴びているのよね。待ってて」
シャワーなんて単語にドキリとし、そして心臓がキュッと縮こまった気がした。
女性が部屋に居て、いっちゃんはシャワーを浴びている。単なる友人関係ではないのは明白だった。
胸が痛くて顔を歪めそうになり、辛うじてそれは表に出さないで耐えた。
その人は言い終えると、紗英の受けた衝撃など知るよしもなく、部屋の中へ入っていこうとする。紗英は慌ててそれを引き止めた。
「あ、いいんです。ちょっと近くまで来たので、寄っただけですし。あの本当に私達幼なじみで、だから」
自分でもだから何なのか言葉が続かない。
チラリと見えた指先に施された、大人の色ヌーディーベージュのマニキュアが紗英の劣等感を刺激する。
大人ならもっと何か気の効いた台詞を吐けるのかもしれないなどと、頭を過っていった。
誤解しないでくださいなんて言えば、なんだかえって誤解を招きそうで、とにかく頭を下げると逃げるようにその場を後にする。いや、逃げたのではない。口下手な自分が下手なことを口走って、二人の関係を拗らせることを避けたのだ。
「あ、ちょっと!」
引き止める声を振り切りながら、前を向いたまま頭をまた下げた。
きっと、大丈夫。いっちゃんならきっとこの事態をきっちり説明出来るはず。部屋に荷物を置いておくような関係なのだから、たまたま訪ねてきた幼なじみごときで揺れたりなんかしないはずだ。
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