決意

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 どうやら名残惜しい気持ちになっているのは壱だけらしい。気持ちを切り替えて、玄関まで駆けていくと、自分がまだ素足だったことに気が付く。それならと、置いてあったナイキの突っ掛けサンダルに足を通す。亜由らしい高価そうなパンプスを一瞥してから、玄関のドアを押した。  家を出てからはとにかくサエを探して走って行く。サンダルで階段を一気に駆け下りると、家の前の道に出て、駅の方へと視線を投げる。点々と灯された街灯に人影はあるが、サエの姿はなかった。  間に合わないかも……。そんな風に思った時、どういう訳か五年前に自分が戻ったような気持になって体が一瞬硬直する。突如、沢山のことがフラッシュバックし、見たくない光景ばかりが浮かんできた。  自転車に飛び乗って街を探し回ったあの日。一人茫然と眺めたあの海。サエの家を通りがかった時が一番つらかった。灯りの付くことがない家。サエの父親はサエが姿を消してから、ほとんど家には戻ってきていなかった。  サエの居た記憶だけを残して、サエの痕跡が消えていく。サエの家はあるのに、サエがそこから出てくることはない。毎日一緒に通った通学路、すれ違う人は同じままなのに、サエだけが居なかった。サエの友人を見ても、その輪にサエが居ないことが普通になって、初めは心配していた人々も、サエが居ないことを受け入れて口にしなくなっていった。    また忽然と姿を消されたら……せっかくまた一緒に居られるようになったのに。  止まりそうになっていた足を先程より早く前に出していく。捕まえないと。今度こそ絶対に。居なくなる前に。    靴下を履いていなくてもいいから、スニーカーを履いて来るべきだった。大股で走って行くと、目線と同じところにある駅のホームにサエを見つけた。ホームで一人佇んでいる。小さな体で俯いて立っていた。
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