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「サエ! サエ!」
大声でホームに向かって呼びかけるが気が付いたのは前に居た老女だけで、驚いたように振り返っていた。驚かれたって構うもんか。唖然として壱をまじまじ見つめるその女性の横を駆け抜けていく。
「サエ! 気づいてくれ!」
大声を張り上げているのに、無情にも駅のアナウンスが邪魔をする。女の人の柔らかい声で上りホームの電車が入って来ることを告げていた。壱はもう呼びかけるのをやめて、一心不乱に階段を駆け上って行く。ここの階段が無駄に長いことを今日はいつもにもまして呪う。
クソ! 間に合ってくれ。数段飛ばして上がって行っても、ホームにするすると電車が入ってきてしまう。電車が入って来たタイミングでこの位置に居たんじゃ、きっと無理だ。使い慣れた駅だ、走れば間に合う場所を把握していた。逆にここでは走っても無理だと言うところも分かっていた。それでも掴んでいたスマホを改札口に当ててホームを目指す。
改札を抜けたところで発車のメロディーが流れてきた。電車が出る。さすがに今から階段を下りても間に合う訳がないと、ハアハア息が上がるまま走る速度を落とし、膝に手を乗せ目を閉じた。
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