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老女を見送っていると、突風が二人の間を吹き抜けていった。急いで薄着のまま出てきてしまった壱は、汗まで掻いている訳で、その北風に文字通り震え上がった。
「いっちゃん風邪ひくよ」
「だな。とにかくどっか入ろう」
「……本当に彼女さんの元に行かなくていいの?」
せっかく老女が和やかな雰囲気を作ってくれたのに、会話は振り出しに戻ってしまった。仕方ないので、壱は空いてる方の左手でサエの右手を握った。
「彼女じゃない。だから、正々堂々こうやって手を繋げる」
引っ張られて歩き出したサエは二人の間で繋がれた手を見下ろし、次に壱の顔へと視線を上げる。
「それなら良かった……もし、私のせいでいっちゃん達がケンカでもしたらどうしようかと思ってたんだ。ちょっと反省してた。急に来ちゃってごめんね」
肩を上げて寒そうに歩く壱は「だから、急に来ても全然かまわないんだって」と前を向いたまま答えた。
二人並んで下りる階段。二人の身体が同じように上下していく。
「私ね、いっちゃんの彼女さんに嫌われたら困るなって思いながら電車待ってたんだ」
「あいつは虐めたりするような人間じゃないよ」
壱が言うと、そういう意味じゃないの。と、すかさずサエが答える。
「いっちゃんの大事な人なら、私も大事にしたいし……幼なじみとしていっちゃんの近くにいるなら、絶対嫌われちゃだめだと思ってた。だから、凄く反省してた」
長い階段を下りきって、アパートがある方向とは正反対の方へと進んで行く。確かこっちに個人経営のカフェがあったはすだった。いくら亜由が気にするなと言っても、サエも亜由も顔を合わせなる必要がないなら、会わなくていいと思っての事だった。亜由が良いと思っている人が居ると言った時、本気で応援したいと思いつつも、内心複雑な気持ちもあった訳で……そういうことを考えれば、亜由だってサエのことは気にしてない風でも気にならないわけがないと思う。
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