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「桃田さんか。あのハンチング帽が似合わないホスト上がりの店長だろ?」
ハンドルから片手を離して、帽子のつばを掴むふりをして見せるいっちゃん。
「あの帽子は桃田さんに似合ってるよ」
「えー、カウボーイハットの方が似合うって。斜めに被ってくれたら完璧」
紗英は桃田さんの顔を思い出し、カウボーイハットを被せてみる。確かにしっくりくるかもしれないが、それだとキザすぎる気もした。
思い返していたら、なんとなく懐かしさと寂しさでしんみりする。ほぼ毎日顔を合わせていた人達に会えないのは寂しい。でも、あの店から逃げ出した訳ではないので、会いたければ店に赴けば会えるのが救いだ。
車は坂道に差し掛かっていた。いっちゃんの家と紗英の家がある丘の上を目指して、ノロノロ運転で登っていた。
切り立った崖から見える住宅街。毎日見ていた時は何のありがたみもなかったのに、今は愛しく感じて胸を打つ。あの変わったエメラルドグリーンの家がまだある。あっちの煙突がある素敵な家は、屋根を塗り替えたような気がするけど、どうだろうか。
眼下に広がる住宅街が竹林で遮られると、その反対側は紗英の家がある。しかし、紗英は咄嗟に俯いていた。見たくない。唇を噛んで俯いていると、いっちゃんが「今日はうちだけだ。こっちはそのうちな」と、言ってくれた。
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