答えは海に沈んでいる

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 でも、逃げないって決めたから。おばさんには、なにはともあれ謝らなければいけない。そしていつか父にも、そして父の新しい家族にも。  気持ちを奮い立たせて車のドアを開けた。春の麗らかな日差しに風は冬の名残を惜しむように冷たかった。寒さと緊張が混ざって身が縮む。  いっちゃんも車から出てきてさっさと後部座席のドアを開け、紗英が持ってきた手土産のケーキを屈んで取っていた。茶色地に白のアルファベットがにぎやかに踊る箱を「ほら、忘れずにしっかり持ったぞ。これは俺が持っとくよ」と掲げた。紗英は自分の服で手汗を拭いながら「そうしてくれると助かる」と伝えた。  自分で持ったら手汗で滑って落としてしまいそうなくらい、後から後から汗が噴き出てくる。汗は掻いているのに指先は触らなくても冷えていることがわかるし、大きく息を吸うとビブラートをかけたように震えていた。  いっちゃんのお母さんは優しい。だから拒否されることはないと思う。本来ならば拒否するような人たちではない。だが紗英のやらかしたことはとても大きくて、寛容ないっちゃん家族だって怒っているかもしれない。いっちゃんはそんなことないと言うけれど、紗英は正直怖かった。大好きなおばさんに嫌われることが、嫌われて冷たくされることが本当に怖い。  車の横から歩き出せずにいると、ガチャと音がして玄関のドアが開かれた。そして五年分歳をとったおばさんが顔を出し、それから視線は紗英にぴったりと焦点があう。どきりとした。  でも、おばさんはパッと笑顔を作ったかと思ったら、一気に表情をぐちゃぐちゃに崩して「サエちゃん!」と叫んだ。流れ始めた涙を拭いもせずに、駆けよって来た。伸ばされた手がいち早く紗英に届くと、その腕に紗英をひしと掻き抱く。  
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