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「残念ながら居ない。まあ何色だってカラスはカラス」
「トリコロールでもね」
「だな」
先に座っていたサエにならって、壱もコンクリートに尻をつけた。海を眺めて二人並ぶ。
「ねぇ、いっちゃん」
サエは海のずっと先を見つめている。
「んー?」
「私ね、お母さんがどうして私を置いていったのか、ずっと不思議だったんだ。でもさ、理由なんてあってもなくてもいいやって最近つくづく思う」
「うん」
「どうせ考えたって答えは出ないんだし、私は今とても幸せだから。それでいいんだよ」
「うん」
サエは海の波を見つめながら思う。
この先、幸せで居られるかどうかもわからないし、先の事は全てわからないまま。いっちゃんとだって別れたりするかもしれない。
全て答えは海に沈んでいる。知ろうとしたところで無意味だ。
サエは横でぼうっと海を見ているいっちゃんを見上げる。
「いっちゃん」
呼び掛ければいっちゃんはこちらを向いてくれる。ほら、今もゆっくりした動作で顔を向けた。サエは体を寄せながら顔を傾けた。するといっちゃんも柔らかく微笑んでゆっくり唇を落としてきた。優しいキスに二人は唇が触れあったまま笑みを交わす。
「空気読んだ」
唇が離れるといっちゃんが自慢気に言ったりするから「それが余計なんだよ」とサエはいっちゃんをふざけて押しやった。
揺れながら笑ういっちゃん。
先の事なんてわからない。でも、私はしっかり生きていく。優しい人々に囲まれて、生きていく。
答えは海に沈んでいるのだから。
深海をさ迷うより、いっちゃんの横で笑っていたい。
終わり
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