距離

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 そう言ってサエとの会話に戻ろうとしていた壱の手から、浅子はスマホを抜き取ってパパっと画面を操作する。そして、壱に素早く寄り添って勝手に写真を撮ると、それをあろうことかサエに送信した。 「ばっ! 何してんだよ」  スマホを取り返すと、すでに二人で撮られた写真には既読がついていて、さらに焦る壱に浅子は「よく撮れてるでしょ」と全く悪びれない。  肩に澄ました決め顔の浅子が乗っているその写真を壱は削除するが、そんなことしたとことでサエの記憶からそれが消える訳じゃない。壱が誰かに触られるのは嫌だと珍しくサエが口にしたのに、これは触られるどころの騒ぎじゃない。 「ちょっと俺、電話してくるわ」  壱はすくっとカラオケ屋のつるつるしたソファーから立ち上がる。狭い部屋にぎゅうぎゅうに入っていたメンバーが壱を一様に見上げるが、みんな自然と足をずらしたりして道を作ってくれた。成り行きなんかを見ていなくても、立ち上がる者が居れば、いつだって道を作る。それが暗黙のルール。歌っていようが騒いでいようが、条件反射ってやつだ。十人近く部屋に居れば、トイレに行きたくなる奴もいるし、用事があって出て行きたくなる人もいるのだから、いちいち断ったりするのが面倒だからと言ってもいい。
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