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距離
壱は賑やかな部屋で、一人スマホの画面を見下ろしていた。相手はもちろんサエ。今日も絶好調で塩だ。
『昨日のこと思い出すと歌うのはチョコレートディスコしか思い浮かばないんだけど』
『んー、壱躍りながら歌うの? 見たくない』
昨日は海から帰って、二人で壱の家で母親の残したザッハトルテを切らずにフォークでつつき合いながら食べきった。二人いればホールの半分なんて瞬く間に消えるし、家は二人以外に居ないし、向かい合ったサエが可愛く見上げているから、壱は身を乗り出してそのままサエの口にキスをした。舌を差し入れたら、チョコレートの味がしたけれどそれはサエからしたのかはたまた自分の口の中にケーキの欠片があったのかは分からない。ただ、チョコレート味のキスだった。
「壱、何歌う?」
隣に座った浅子がぴったりくっついて爆音の中でも聞こえるように問いかけてくる。離れたい気持ちはあっても、反対側はもう壁で行き場がないので浅子のなすがまま。女子マネージャーは男たちばかりの部活の中ではちやほやされがちだけど、浅子はその中でも特にちやほやされている。まあ、見た目がな……痩せてるのにDカップだし、顔だってきつそうだけど整っている。浅子春姫なんて、どっちが名前だか分からないじゃんとか言うのは壱だけらしい。
「んー、俺ちょっとパス」
壱がスマホを見たままそう言うと、浅子も画面を覗いて来る。そして、手でその液晶を覆った。
「しらけるじゃん。歌いなよ」
「いや、歌いたい奴が歌えばいいし」
「そうやって尾崎さんばっかり」
「だって、彼女だし」
「みんなでカラオケ来てるのに連絡しろとか、めんどくさくない?」
「いや、俺がしたくてしてるから」
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