五年

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五年

 日本一有名な繁華街、歌舞伎町にほど近い花屋で紗英は電話対応していた。近くのキャバクラで売れっ子ホステスが誕生日なのだ。花輪の注文も山ほど来たが、花束の注文もひっきりなしにやってくる。書き上げたメモをもって電話を置いた。 「また来た?」 「はい、白いユリに紫のカスミソウを散らした二万円の花束だそうです。今から三十分後に取りに来る予定」 「はいよー。具体的な注文は楽でいい。そろそろ紗英ちゃん上がっていいよ」  紗英は店内の時計を見上げた。丸いなんの飾りもない時計。目の前で花を切り揃えている若きオーナー桃田さん曰く、内装は出来るだけシンプルなものにしたらしい。『花が主役だからね』とあの時も茎の長さを調整していたっけ。 「林さん遅いですね」 「ああ、あの子は本当に遅刻癖が直れば一人前なんだけどねぇ。遅刻っていっても大体十分くらいだろ? だったら家をそれくらい早く出ろって話なのになぁ……って待ってなくていいよ。遅刻はするけど休む子じゃないから」  紗英も自分より二つほど年上らしい林さんが遅刻はするが必ず来ることは知っていた。だから、少し悩んで頷く。 「じゃあ、ごみを出したら帰ります」 「悪いね。あ、今の注文パソコンに入れた?」 「電話を受けながらやりました」  桃田さんは紗英を見ずに「おっけー、お疲れさん」とだけ言って、花束作成に集中しだした。黒のハンチング帽から覗く真剣そのものの眼差しを見てから、紗英は一礼して足元に置いてあったごみの袋を持ち上げて店を出た。
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