人の形を捨てなくて良かった。

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 私には、千聡(ちさと)という一つ下の妹がいた。出来の良い妹だった。私と比較して、形はさして良くないのだが、名前の通り、頭が良かった。地元で一番偏差値の高い公立高校に合格して、それこそ両親は泣いて喜んでいた。私はといえば、名前を書けば誰でも受かるような私立高校だった。入学金も授業料も馬鹿にならない、と母は当て付けのように私の目の前でぼやいた。 「ほんと、手ぇのかかる子」  それが母の口癖だった。私は、その言葉を聞く度に胸が苦しくなって、自分の部屋に逃げ込み、布団の中でうずくまった。  私は、両親から、娘ではないと思われているようだった。二人の形は、とてもじゃないが良いとは言えなかった。それなのに、形の良い私が生まれた。病院で取り違われたんじゃないか、そんな冗談が親戚の集まりがあるたびに飛び交った。そのたびに、母と父は、笑った。唇を歪ませ、頬をひきつらせ、眉間に(しわ)を寄せながら、笑っていた。  一方で、千聡は両親から溺愛(できあい)されていた。形の悪い両親によく似ていて、けれど聡明だった。だから、コンプレックスを抱く様相が、千聡と両親で酷く似通っていた。人は見かけではなく、中身が全てなのだという思想に取り付かれていた。私が貰うはずだった愛情も千聡が独り占めをして、まるで愛玩(あいがん)動物のような取り扱われていた。  私という存在が亡くなって、本当の家族として、新しいスタートを切ることが出来る。そんな嬉々とした想いが三人から漏れ出してきて、私の魂を焦がす。  私のことを想って泣いている人は、この場に一人たりとも存在しなかった。私は誰かにとって一番の友人でもなく、恋人でもなく、家族でもなかった。私の死は、とても平たく、薄っぺらく、軽率だった。生きていれば起こる出来事の一つ程度に思われていた。誰にも(いた)まれていない。縛られた喜楽の感情が透けて見える。形だけ。私と同じだった。
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