人の形を捨てなくて良かった。

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 この世界に、愛はありません。  形だけ。形だけなんです。  そう信じてきたのに、形を失って、この世界を漂うようになって、私は見つけてしまった。いくつもの、いくつもの、いくつもの、本物の愛とか友情を。それというのは、決して美しいものではなかった。和人と千聡が良い例だった。彼らは性根の腐った部分があることを認めていて、それを含めて愛し合っていた。汚い言葉や感情が飛び交った。お姉ちゃんよりも抱き心地が悪いでしょう、と千聡はよくベッドの上で(のたま)っていた。形の良かった私に対する劣等感、和人を試したいという嗜虐心(しぎゃくしん)めいたもの、そして愛されていることを確かめるための問いかけだった。そういう綯交(ないま)ぜになった気持ちを、和人は十二分に理解していて、それを含めて千聡のことが愛しいようだった。姉に対するコンプレックス、それを補おうと懸命なところ、自分の形が悪いと自覚しているところ――(いびつ)で、歪んだ愛。けれど、それこそが本物の愛。  私が求めていたもの、だった。
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