あの日捨てたもの

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白状すると、しかし僕はとてつもなくわくわくしていた。影を売ってほしいだって!なんて非日常的!僕に声をかけてきた男──名前は聞かなかったので謎の男Xとでも呼ぼう──が悪魔でも宇宙人でも春先に増える頭のおかしい人でも構わない。こんな突飛なことに関われるかもしれないチャンスを目の前にしてどうして冷めた態度でいられるか!僕の脳は平凡な人生を送るためにはできていなかった。非凡なことに関わって人生を棒に振るほうがマシだと本気で信じていた。だから僕はGOサインを出された空腹の犬のようにその話に飛びついた。食い気味だった。謎の男Xがちょっと引いていたような気がする。しかし少なくとも彼は春先に増える頭のおかしい人ではなかったようで、拍子抜けするほどあっけなく取り引きが済んだのだった。 さて、ここからが本題だ。一口に影がなくなると言っても、具体的にどのような原理なのだと思う?僕はてっきりマジカルでミラクルなパワーで影を巻き取っていくものと思っていた。もうバレているかもしれないが僕は能天気な阿保なのだ。しかし答えを聞けば、僕がくどくど前置きに前置きを重ねている気持ちをあなたもわかってくれるだろう。 ……取り引きが成立した直後、僕の全身は光り始めたのだ。どうやら光を反射して影ができないようにしているらしい。想像よりだいぶ物理的な方法だった。いや、体が突如光を反射し始めるのも物理法則にかなっていない……!ともかく、僕はこれからビックリ人間としてサーカスに入団するか、クラブの天井に吊るされ目を回すしかない体になってしまった。影がなくても職質はされないだろうが、全身が発光していたらまず間違いなく通報されるだろう。ああもう、穴があったら入りたい気分だ……むしろ非日常的ワードに浮かれてホイホイ影を捨てた愚かな僕を埋めてやる!……     
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