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「東京から帰ってこないんじゃ、なかったの?」
彼女の後ろには、彼女の服を掴んで不安そうに下を見たり上を見たりしている、少女がいた。幼稚園児くらいだろうか。少女は小さな声で言った。
「お母さん、なんで怖い顔をしているの?」
彼女は優しい笑みを浮かべ、屈みこんで少女と向き合った。
「大丈夫、なんでもないよ。帰ったらおやつ食べようね」
そう言うと、僕の存在が消滅してしまったかのように、彼女たちは僕の隣をすり抜けていった。すれ違いざまに、彼女の呟きが聞こえた気がしたが、同時に横を通って行ったトラクターの走行音にかき消されていった。
しばらく歩いて実家に到着すると、母親が迎えてくれた。父は今日も仕事に出ていると言う。そういえば、今日は平日だった。二階への階段を登り、左手の部屋を開ける。僕の部屋は、大学生になってここを出たときのまま、正確には大学二年の時に最後に帰ってきた日のままだった。高校生の頃、壁に貼ったポスター。あの頃読み漁っていた小説。惰性で買い続けていた漫画。半年で投げ出したギター。僕は、母が定期的に掃除してくれていたのであろう埃ひとつない部屋に、胸を締め付けられるような思いがした。
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