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出勤前のバタついた時間に届くメールや着信は、大抵ろくなものじゃない。
この時間に送ればおれならさっとは目を通すだろうという、ある種打算的な思考が透けて見えるところも、気に入らなかった。
田舎を飛び出して十年。必要以上におれのことを気にかけているであろう母のそういう声に、おれはもうずっと耳を塞ぎ続けている。
テーブルの上で震動を続けていたスマホがようやく大人しくなったことに安堵してひょいと持ち上げると、見計らったかのように今度はおれの手の中でけたたましく震動を再開した。
画面の名前を見ると、さっきとは違う人物の名を告げていた。
「なんだよ、姉ちゃんこんな時間に。おれこれから仕事」
「わかってるけど、この時間じゃないとあんたが出ないんじゃない。ていうか、お母さんの電話、たまには出てあげなさいよね」
姉ちゃんの声のトーンが徐々に湿り気を帯びていくのを感じて、おれはわざと淡白に応じてから話を流した。姉ちゃんはおれの態度の意味をわかりながら、呆れたように小さくため息をついただけだった。
「で、なに。要件それだけ?」
「ちがう。あんた宛てに、ウチにはがきがきてたのよ。転送するのもなんだし、メールに添付しておいたから、後でいいけど確認しておきなね」
「はがき?」
おれが家を出てから、もう十年になる。今更おれ宛ての郵便物が実家に届くなんて、思い当たる節がなかった。
まぁなににしても、今の生活には不要なものだろう。思いつつ適当に返事をして電話を切ろうとすると、姉ちゃんが慌てておれを引き留めた。
「あ、待って光。あんた、体調崩したりとかしてない? なにかあったらそのままにしちゃダメよ。行きにくかったら姉ちゃん一緒に」
「わかってるって、大丈夫だから。じゃあまじで切るよ、遅刻する」
姉ちゃんの言葉に被せるように言うと、強引に話を切り上げて通話を切った。
これだから、朝の着信は嫌になる。
やっと静かになったスマホを投げるようにリュックのポケットへ突っ込んで、おれは履き慣れたウォーキングシューズへと踵を滑らせた。
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