埋葬の先の先

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「拓真、おれ……」  意を決しておれが顔を上げたと同時。号令がかかり、クラスメートたちがぞろぞろとまた楓の周りに集まり始めた。拓真を呼ぶ声も聞こえる。  拓真は呼ぶ声に手を振って応じた後、おれの手へ少し膨らんだ封筒を押し付けた。 「謝るなよな。……でも、よかったら読んでみてよ。男とか女とか置いといて、あの頃の俺が、光を想って書いたものだからさ」  言い終わるなり拓真は走り出し、「またな」と一度振り返ってから、クラスメートの輪へと混じっていった。  一寸の時空旅行を堪能し終えたらしい一団は、同窓会の会場へと連れだって消えていき、野次馬や他のクラスのやつらもちりぢりに帰っていった。  一人残されたおれの手の中には、先程拓真が渡してきた封筒が、所在なげに握られている。その表面には、少し若いおれの字で「出席番号二十八番 百井光」と書かれていた。  十年前におれの手で葬った、女であるおれの残骸。  そうっと傾けると、生徒手帳と制服のリボン、拓真の手紙がするりと顔を出した。  ずっとなかったことにしていたそれらは、けれど実際に触れてみると、ごく自然に手へと馴染んだ。  十年前の卒業式の日、ここで生きた自分の全てを捨てて自由になったつもりだったけど、むしろずっと、埋めてしまった自分自身に囚われていたような気もする。  おれは女ではない。  けれどそうして生きてきた十八年間、自分であることに変わりはない時間を捨てる必要なんて、最初からなかったのかもしれない。  あの日全てを捨ててここを出たときより幾分軽くなった身体を連れて、おれはグラウンドに背を向けた。  校門を少し出たところで一度校舎を振り返り、大きく深呼吸をする。  と、スマホが着信を告げて震えだした。  取り出したスマホの画面に表示されている見慣れた名前に、飽きも諦めもせずよくかけてくるものだと感心する気持ちの裏で、まだ見捨てられてはいないのだと、安堵感がじわりと滲む。  びゅうと強く風が吹き抜ける通学路の銀杏の木の下で立ち止まり、おれは何年ぶりかの受話表示をタップした。  空は高く、吹く風は新しい季節の訪れを知らせていた。
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