私は抗いたいのです!

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私は抗いたいのです!

「意外なことを聞きました。お蝶とも思うあなたが、いや、高潔なる樋口一葉が云うこととも思えない。第一…(止めて欲しいの意を込めて)色心不二と申します。どれほど高尚なお心でも身体からの官能の毒は避け難い、そこに堕してしまう危険もあるし…」ほとんど赤面しながらの云いようで声は上擦りっ放しである。人もあろうにまた話す内容もあろうに、私にはすべてが未設定の、今が男女の切事場で、実に荷が重い。そのわけは重々述べたがしかしそれを云うよりは文字通り一葉の言葉が余りにも意外だったのだ。一葉への聖女像が心の中で序々に崩れて行く。実のところ、要は止めて欲しいのだ、そんな話は。〝あなた〟であるならば…。しかし一葉は承服しない。「ではやはりあなたもお蝶のような女性を認めるのですね?兄様のために汚れ、そして死んで行ったお蝶は立派であると、そう認めるのですね?」「そうは云ってません」「しかしそうなるではありませんか。もしお蝶が兄様の為でなく自らの為に身体を売ったとすれば、あなたはどうお思いですか。単に軽蔑の対象とするのでしょうか?自らの為に身体を売る私と、お蝶は全く別物ですか。官能の毒などとお為ごかしは止して下さい。毒など百も承知なのです。私は女をこうと決めつけ、人間をこうと決めつけるものに抗いたいのです。世に抗いたい。不貞をなさねばそれができぬとすれば私は敢てそうします!私の立場とはそういうことです」と言い放って彼女はベンチから立ち上がった。まるで私がその不遜な世の中の代表ででもあるかのように厳しい目付きで私を睨みつける。今に至る23年間(もっともワープの間の110年間は省いてほしい)の彼女の人生をすべてぶつけて来るような、実に強い気迫だった。ここに至って私はようやく合点が行く。なるほどそういうことだったのか、いきなり「身を売る」うんぬんをなぜ云い出したのかまったくわからなかったが、これが答えを渋る(いや、そもそも答えられない)私への解答で、且つ挑戦状でもあったのだ。それに打たれて暫し言葉を失いながらも、私はいまさらのように車上生活者にまで落ちぶれてしまった私自身への世の不条理と、それに対する強い怒り、強い鬱屈を改めて思い出していた。そしてこれもようやくにしてと云うべきだろうか、この奇跡の邂逅のゆえを、彼女との仲立ちになってくれたものへの感触をうっすらと捉え始めていた。      
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