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あなたは久佐賀さんではありませんか?
街灯も少なく、ただでさえ他人事に無関心が横溢するメガロポリス東京でこの状況は…。しかし〝不審漢〟が私なので彼女は安心だ。女を襲うどころかその女子供に罵られてさえ応酬もできないほど気力のなえた私は100%無害である。ちなみに私は55歳で車上生活者だ。これだけでプロフィールは充分だろう?格差社会日本にあっては規格外の不良品、市民の嘲笑の的、〝しみ〟の的(まと)である。生活用具を満載した軽のワンボックスをこの近くに路駐している。車にもどるなら1日24時間、1年365日、人々の蔑視に晒され続けるプライバシーゼロの苦痛から暫し逃れ、憩いたかったわけである。しかしそれゆえの女との邂逅だった。
女の物言いとまた多少時代がかったそれにも気圧されて黙っていると、怪漢とばかりに女はベンチから立ち上がってそのまま行こうとした。しかし何かに思い当ったかのようにその場に立ち止まり今度は一転へつらうがごとく次のようなことを私に尋ねて来た。ただし相当混乱してる観がある。
「あっ…失敬。もしやあなたは久佐賀さんではありませんか?先程の借り入れのこと、お考え直しのうえ私を追いかけて?ふふふ、あの、私至って弱視なもので、あなたが誰だかよく…もしや三組町、顕真術会の久坂佐賀先生ではありませんか?」何のことだかさっぱりわからなかった、私は始めて彼女に口を利いた。
「いや、違います。ただの通りすがりの者で…」とぼっそと愛想なく云う。人とかかわろうとする意志がそもそもまったくないのだ。しかしそれならなぜ凝視を?と女は改めて機嫌を損じ且つとんだ私事の露呈や媚びまで売ってしまってとその度を増すようだった。「ふん」とばかり鼻を鳴らして行きかけたがまた立ち止まる。今度は何だろうか。啖呵を浴びせられるのなら勘弁して欲しい。堪えられそうもないからだ。そうと察して背を向ける私にしかし女は、あとから思えば当然だったがさらに意外なことを訊いてきた。
「あの、もし…ただいまは失礼しました」と啖呵どころかまず謝って見せ次に「あの、 ここはいったいどこでしょうか?法真寺の境内に居たはずなのに…それについ今しがたまで昼過ぎでしたのに急に暗くなって…ほほほ、あの、恐れ入りますがここの所番地を教えていただけませんか?それとただいまの時刻を」と悉皆わからぬことを聞いて来る。
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