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小説返歌
すさんだ倒錯心理のなせるわざと云えなくもないが、しかし誰かよく信ずるものの前で虚飾に走るだろうか。むしろ有体にみずからをさらけ出し、理解を賜らんとするのではないだろうか。勝手に師匠とも同志ともたのんでいた一葉に斯くみずからをさらすのは、私にとって至極当然なことだった。しかし当の一葉にしてみれば初対面の自分の前であぶれ者などと臆面もなく云い、まして目をすがめてよく見れば、わが父母に等しき年配者なる私を果してどう思うだろうか。第一私はまだ彼女の〝拙作〟(どころか珠玉のような作品!)「うもれ木」への感想を述べていない。年甲斐もない興奮の中にいるとはいえ非礼だし、何より本郷から大森へのワープに度肝を抜かしているだろう彼女の心の内をまったく慮っていなかった。
※突然ですがここでちょっと和歌を…。下記の「小説返歌」とは和歌の世界においては、長歌の末尾にその長歌に応えるという意味で「返歌」と銘打って和歌(短歌)を一首付け足すのですが、その伝統に習って小説の内容に応えるという趣旨のもとに私の和歌、もしくは樋口一葉の和歌をそれぞれ数首置いたものです。云ってみればそこまでの小説内容を凝縮して歌にするような塩梅です。私は歌人でもあり、今後ともこのような形式を踏んで行きたいと思いますのでよろしく。
「小説返歌」
いみじき世せちなる世とぞ何かせん世に迎へらる我ならなくに
人見れば厭はしく声聞かば憂し手負いの獣牙むくごとし
風を聞く森の千葉(せんば)のそよげるを人の世みにくただ風を聞く
―上三首、著者
卯の花のうき世の中のうれたさにおのれ若葉のかげにこそすめ
とにかくも超えるを見ましうつそみの世わたる橋や夢の浮き橋
世の人はよも知らじかし世の人の知らぬ道をもたどる身なれば
―上三首、樋口一葉
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