第一話

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 言葉が終わる前に駆け出して行く少女ミーナ。城門まではまだ少しあったが、それほど臭い場所に居るのが嫌だったのか、すぐにでも小遣いを手にいれたかったのか、それとも手に入る金でパンを食いたかったのか。考えるアグニは少なくないショックを心の奥の方で受けて、やるせない息を吐き出した。 「でも確かに、これは臭ぇよな……」  はあ、ともう一度溜息を吐いて、臭いのきつい三レートルの荷物を引き摺りながら、遠く高い空を見上げるアグニなのだった。 「今日も良い天気だなあ……っと」    †††    この世界は、あまりにも普通だ。  国があり、国を治める王がいて、貴族たちが王から与えられた領地をまた治め、商人や職人、農夫や漁夫という領民がいる。魔力の有る無しから大小様々で、中には、自然界に生息するモンスターを討伐する事で日々の糧を得ている者や、枠にはまらないヤサグレタ連中、それを取り締まる軍隊や自警団というものもあるし、世界の遺跡を巡るトレジャーハンターや、その遺跡を研究する考古学者、一芸を極めた流浪者に、神や悪魔の声を聞くとされる祈祷師魔術師法術士、等々。そんな普通の人々が、普通に生活しているのが、この世界だ。 朝には市が開き、昼には町の工房に活気が出て、夜には母親が子供に寝物語を聞かせる。命の誕生を抱き合って喜び、裏切りを知って唇を噛み切り、最期の時には涙を流す。  この世界には最高の喜びがあり、信じられないほど最低な悲しみもある。  だから、アグニ・セイティフスという、少年というには汚れが付きすぎていて、青年というには青みの無い見た目の若い男が、十年以上も過去に体験したこともまた、普通の事だった。  ただ一つ言えるとすれば、そのときの運が悪かった。  例え、類い稀な魔力量がアグニにはあって幼い時にその魔力を暴走させてしまったとしても――例え、その暴走事故の時に貴族の子にかすり傷程度の怪我を負わせ、その罪で父親が首をはねられたとしても――例え、魔力が強いアグニを産んだ母親が異端審問に掛けられ、魔女として命を落としたとしても。
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