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城壁の際に着いたアグニは、強烈な臭いのする竜の死体を尻の下に敷いて、もうかれこれ三十分はぼうっと昔のことを思い返しながら、さっき道端で摘んだ『氷草』という香りの強いハーブを噛んでいた。
「……って、らしくねぇよな」
郷愁的な感情を気持ちの悪い溜息と一緒に吐き出して、竜の死体に目を向ける。眼窩をぽっかりと開けた竜をペシペシと叩きながら、気分を変える為に話しかけた。
「つーかよ、お前をどっかの商会に売り込めば金貨にして千枚はあるだろうが、どうして欲しい? 俺は、三年くらい前に教会が発行した『紙幣』って物も見てみたいんだ。いまでは国を跨いでもそのまま使えるってンで、流通量も伸びてるし、その方が持ち運びも楽だ。けどやっぱり、金貨かねぇ。つか、千枚の金貨っていうの、いいよな。ずっしりとした重みを味わって、あー金貨で肩がこるー、なんて言ってみた――」
「寂しいねぇ~、死んだドラゴンに話しかけるなんて」
「うわあ!」
悲鳴を上げた拍子にメルトの葉を飲み込んでしまい、ゴホゴホとむせ返るアグニ。
振り返って見れば、香水瓶を手にするミーナがケラケラと笑っていた。
「アグニ慌て過ぎ」
「なんだ、ミーナか。脅かすなよ」
「脅かしてないよ。金貨の重みを想像して変な顔になったアグニを見てはいたけど」
「見てたのかよ」
「アグニの顔を見ちゃいけない法律はないのだよ? 法律があっても見ちゃうけど」
「見るのかよ」
「ふっふー、あたしに見てもらえるだけで感謝するのだな。フィアンセのアグニ君?」
ミーナは胸を張って「エッヘン!」と何故か偉そうだった。
「フィアンセって……、婚約なんてしてねぇだろうに」
「むぅ、アグニはまたそんなことを言うんだ?」
「またと言われても。俺はお前にそういうのを求めてねぇんだ。確かにそういう事をするときもあるが、求めてくるのは全部お前の方からじゃップルギョッサアアァアッ!」
ズドォンッ! と。アグニの横っ面に鉄拳がめり込んだ。
「そ、そそ、それはどの口が言うのか分からないけどあたしばっかり求めてるんじゃないんだからねっ! あたしはそんなんじゃないんだからねーっ!」
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