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「そうか。ならもっと逃げろ。走ってきた方向から思うにバナコーラの国境を越えて来たんだろう? そんなお前に朗報だ。この山を東に下った所の谷――ヘルズネクトの断崖際に、小さい村だったが自警団の詰め所があった。そこまで逃げれば何とかなるかもしれないぞ」
ミーナの頬がぷぅと膨らんだ。
「そ、それが出来れば、あんたみたいなゴロツキに頼んでなんかないんだからっ!」
「ゴロツキって……まあ紳士でもねぇけどよ」
「でも、もう無理なの。魔力が無くなっちゃったの! 魔力があればあんな奴らッ」
瞬間、風が裂けた。空を切る音が殺意を持って唸りをあげ、アグニの目の前で芳ばしく匂うプーヤンの丸焼きが、四枚に下ろされ地面に落ちた。
「な――ッッッ!」
アグニはあまりの事に固まった。少し離れた地面にはダグという投擲用の短剣が三本突き刺さっているから事態は飲み込めるが、この状況に思考が働かない。
ミーナが咄嗟に振り返れば、三レートルほど先に黒ずくめの暗殺者たちが立っている。
「仲間、か……?」
三人の内で誰が喋っているのか全く分からない声の響き。
ミーナは、くッ! と喉を鳴らし、純白のローブの中から天使の姿が刻まれた白銀の銃を取り出して構えた。その拍子に、胸元から銀板が付いたネックレスが零れる。
「ふんっ、知らないわよ。女の子を助けるより、自分のご飯が大事だなんて平然と言えるこんなヘタレ!」
「そうか」
暗殺者はそれだけを言うと、スー……と身に纏う空気の質を変えた。
途端、目の前に居るはずの暗殺者を認識しづらくなる。
「もう、なんなのよ、それ。ずるっ子だっ!」
ミーナはライトブラウンの長髪を左右に振りながら、見えているはずの暗殺者を探す。
だが、分からない。見えているはずの敵を認識できない。
だから手が震え、銃口がぶれる。
「震える必要はない。痛みに気付く前に殺してやる」
そんな言葉が最後、完全に暗殺者の気配が消え、木々の葉を揺らす風が吹きぬけた。
ザザア……と、一帯に殺意が充満していく。
ゴクリと意識せず鳴る喉に、額から頬を通って顎先で落ちる汗。陽炎が揺らめくように周囲に微か残る暗殺者の影が瞳に映り込み、それを無意識でとらえるミーナは、居たような気がする場所へと銃を向けるしかない。
「いない……ッ」
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