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暗殺者をお星様にしたアグニは小さな溜息を吐くと、何事もなかった様に薪を拾い集めて、もう一度火を熾した。魔力の解放時に気絶して落ちてきた鳥を拾い、手際よくばらして火にあてると、腰に下げた皮袋から黒パンと胡椒を取り出して、また昼食を開始する。
大きな欠伸を漏らすアグニに、先ほどまでの恐ろしさは微塵も感じられない。
どころか、火の中で生木が爆ぜて「あちちっ」と言う姿からは、幼さまで垣間見える。
ミーナは、そんなアグニを量り兼ねているのか、オドオドと言葉をかけられずにいた。
結果的ではあるにせよ、助けてくれたアグニに、お礼を言いたかったのかもしれない。
しかしミーナは、胸にあるとても大きなものに言葉が引っかかって、口は開けても声を出すことができずにいた。
それは、他から見れば奇妙な光景だったろう。
火加減を黙々と見つめるアグニと、その後ろで困ったように立ち尽くすミーナ。
けれど、剣呑な雰囲気は欠片もないのだから。
互いに話しかけず、ゆっくりと流れていく時間。
山を抜ける風が梢を揺らす音を聞きながら五分が経ち。
鳥たちの囀りがコーラスの様に聞こえ始めて十分が経って。
火にかけた鳥肉が良い具合に焼け、胡椒の食欲を誘う香りが匂い始めた頃にようやく、
「……っ、ひう……えっぐ、うぅ――ぐぅう……」
ミーナは泣いた。
「あ、あああああああアアアアアアアアアアアアアアアア――――――ッ!」
声を張り上げ、ローブをぎゅっと掴み、立っていられずに尻を落として。
一粒がほろりと落ちれば、堰きを切ったように次から次へと溢れてくる涙。
聞いているアグニの方が辛くなるような泣き声を上げて、ミーナは顔を汚した。
けれどアグニは、泣き声を聞いて驚かず、そこを離れようとしなかった。
少女であるミーナにどんな経緯があって、何故暗殺者に追われていたのかなどは分からないが、涙の理由にならアグニにも覚えがあったから。
――親が、殺された。
「……ァ、父様、っ……母様ぁ――ァあ、ああああ、ッッ――ああああああああッ」
だからアグニは、もう一度ここで昼飯を作っていた。自分でも、らしくない事をしているなんて分かっていた。ただアグニは、彼女の悲しみとよく似た悲しさを知っていた。
だから。焼き上がった鳥肉を半分、名前も知らない少女の鼻先へと持って行くのだ。
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