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第零話  朝露が煌めく早朝の森は、獣たちの目覚めが早い事を知らせる囀りに満ちていた。  赤や黄の羽を広げる鳥が鳴き声を響かせ、額に褐色の石を飾るイノシシが子供と地中の餌を探し、それを見下ろす木々たちは優しく枝葉を風に揺らしている。  さらさらと流れる風には獣や草花の匂いだけではなく、それらを支える土の匂いや、温かく降り注ぐ日の香りが混じっていて、ここが命に満ちた森だという事を謳っていた。  そんな、命溢れる森の中。  立派な大木の洞に、今日は二人の人間が居た。 〝喧嘩士〟アグニと〝魔法士〟ミーナ。  十ヶ月程前から一緒に旅をするようになった、男女二人組の旅人である。  赤茶けた短髪のアグニと、ライトブラウン色をした長髪のミーナの二人は、古くなって毛羽立つ、防寒の役に立っているのかも怪しい一枚のうすっぺらな毛布を奪い合う様に丸くなりながら、早朝の森に流れる清涼な空気に鼻をすすり上げていた。 「おい、ミーナ。こういう時は年長者を敬って毛布を譲るもんだ」 「うっさい。敬えるような人間でもないくせに。ていうか、レディーファーストって言葉があるのはあたしみたいな女の子にこそ優先順位と敬うべき価値があるって意味なんだから、アグニこそ譲るべきだと思うけど」 「レディー? どこにそんな気品ある女がいるんだ。笑わせるな、オコチャマン」 「あたしはレディーだし! オコチャマンじゃないし!」 「ぐほ! 蹴るなアホ、痛い!」 「魔法を叩きこまれないだけ有り難く思え、ばか!」  ドカドガッと、毛布から思い切り相方を蹴り出すミーナは、奪い取った毛布を体に巻き付けて、ふんっ、とそっぽを向いた。  洞の中で器用にひっくり返った状態でアグニは溜息を吐く。 「なんだ、まだ夜の事怒ってんのか?」  途端。少し赤くなったほっぺたをぷくーと膨らませて唇を尖らせるミーナ。 「ち、違うし! そんなんじゃないし! ただいまはちょっと眠いからだしっ」  言われたアグニは(本当に違うならンな反応はしねぇ……)と思いつつ、 「はあ……悪かったよ。でも、お前が持ってきたハネヘビ討伐の依頼書の所為で、一日中跳ね回る蛇を相手にしたからな。おかげで、成功報酬より解毒剤の費用の方が高く付くおまけ付きなんだぞ? 疲れてたんだ」  姿勢を戻して洞から這い出た。  そんなアグニを、拗ねるといじけるを中途半端に混ぜた横目で見るミーナは、さらに唇を突き出す。
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