第三話

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 これまでで聞いた話を元に考えれば、十か月前のあの日、ミーナを襲ってきたのはバナコーラからの刺客だったことは想像に難くない。かといって、現在バナコーラと敵対関係のグロウス国の騎士がミーナの事情を知ったとき、単純に自分達の味方ないし無関係者を装ってくれるかと考えれば、実際微妙なところだろうとアグニは思っていた。  理由は簡単で、国同士のいざこざの場合、ともすれば敵対国に狂戦士を送りつけるような事情の場合、その中心の『秘密』に関わってくるかもしれない人間は、相手国に対して強い効力を持ちかねないからだ。  現状、グロウスとバナコーラの力関係がどうなっているのかアグニには分からない。あるいは、グロウスの方が有利なのかもしれない。  けれど仮にそうだとして、有力なカードになり得る人物を、王国騎士が国を守るという観点から見たとき、放置しておくことがあるだろうか。国は〝国〟であるが故に、非情に徹することを厭わなくなるのではないだろうか。  それは、目の前の騎士が悪者という事ではなく、一人の人間より大多数の人間を救うという社会的正義として、選ばなければならない立場というものが世界にはある事を知っている。自分の親も、そう言った避け得ぬ流れの中で死んでいった。だから、納得などできずとも、アグニには痛いほどそれが理解できてしまう。  だから、相手が王国騎士であろうと理由は言えない。  国同士のいざこざの中にあって、それでも、自分にとって顔も知らない大多数の人間より、ミーナというたった一人の女の子の方が大事だと思えてしまうから、可能性としてゼロではない大多数の命を選ぶことができない。 「つーかよ。おっさんも人が悪いな。広場の言葉を聞けば、おっさんが真っ直ぐな奴だって分かる。けどそれが分かっちまったら、余計に俺はこう言うしかねぇんだよ」  アグニはミーナの髪を撫でながら溜息と一緒に苦笑いを零し、先ほど言い損ねた言葉を改めて口にした。 「そりゃあ、金の為だ。他に理由なんて、ある訳がない」  堂々と。他に理由があることを隠して見せながら、肩まで竦めて。  つまりは、言えないという事のジェスチャーだった。
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