第三話

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 豪放の魔蛟龍(フューリーエンドドラゴン)とは、そういう相手。世界の内に数体しか存在しないと言われる不運の象徴。出会ったなら死んだと思え。それが世界の共通認識となってしまうような、生きた自然災害。誰も奴を倒せない。幾多の物語の中でだけ英雄は英雄足り得る為に、その名前が使われている。  アグニの顔が、不気味に歪んだ。 「くそったれ、最高におっかねぇぞ!」  けれど言いながら、アグニの顔は笑顔を刻む。 「けど、最高に面白れぇな、おい!」  胸の内が滾る。高空から落下していようが、世界の不運と遭遇しようが、それで諦められるようなちっぽけな生き方をしていないから、アグニの躰は熱く昂っていく。  アグニは風防障壁によって作られる風圧の殆ど感じない落下のなかで、大声を張り上げた。 「ミーナ! いまこそお前の伝説級魔法〝銃火器精製魔法(イグニティア)〟だ!」  言われたミーナは可愛い顔をひきつらせ、近くを落ちるジョイズ・モントレーも驚いた表情をアグニに向ける。 「た、戦うの? あんなの倒せっこないよ!」  だが、そうじゃない。 「ああ、倒せねぇ! 倒すにしたって今は無理だッ!」  アグニはそれを簡単に認め、その上で。 「無理なら無理で倒さず逃げる! これは生きる為の喧嘩だ! その為に、造れ! お前の魔法で出来るだけでっけぇ、超絶巨大な大砲をッ!」  沈黙が一瞬。ミーナの顔がさらに引きつった。 「おっきい大砲って、まさか……嘘でしょ!」 「嘘じゃねぇ! それ以外なにも思いつかねぇ!」  アグニは自信満々な笑みを作ると、逃げる為の根本を口にした。 「魔力の代わりに俺たちをぶっ放す! 豪放の魔蛟龍から、飛んで逃げる!」  直後ミーナは頭を抱え、ジョイズ・モントレーは額に手をやって苦笑を漏らす。 「いいか? このままじゃどんな事があっても死んじまう。だったら、足掻こうぜ! 俺たちはまだ死ねねぇ、死ぬわけにはいかねぇんだッ!」  数十秒後には確実に死ぬという瀬戸際で、アグニはけれど笑っていた。  優しい笑みなんかじゃ決してない。見る者の心を強制的に喚起させる、強烈な笑い顔。  それは、このまま諦める事を絶対に許してくれない、脅迫じみた物だった。 「! ああ、もう……アグニはもう!」  ミーナはそんな表情を向けられて言葉に詰まり、しかし最後はやけくそ気味に叫んだ。 「どうなったって知らないからねっ!」
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