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呆然の沈黙がひと時過ぎても、体に力は入らない。
ジンジンと痛む背中など、無事に着地できたことへの安堵感で忘れるアグニは、ずいぶんと高い空を谷底から見上げながらミーナに声をかけた。
「平気か?」
一拍の間が開き、それから言葉が返ってくる。
「平気、なのかな。死んでないよね?」
ぶはあ、と。ミーナは女の子らしからぬ息を盛大に吐き出して、ゆっくりと顔を上げた。アグニの呆けた顔に向かって唇を尖らせる。
「あほたれ。すっごく怖かったんだからね?」
「何言ってんだ。俺も怖かったぞ」
「威張るとこじゃないし」
アグニはミーナの頭に手を置き、
「でも、生きてんだろ」
「うん、生きてる」
ミーナはアグニの腕の中でクスクスと笑った。
と、そのとき。空から夕焼け色のアウラを纏った大剣が超速で降ってきた。
――シュゥウウウウゥゥゥゥゥ……ッ、ドガゥンンンンンンンンンン……ッ! と。
再び舞い上がる粉塵。大剣を中心に盛り上がる大地は大きく放射状に亀裂を走らせる。
腹に響く衝撃がアグニとミーナを叩いて、一拍、粉塵の中から重たい声が届けられた。
「……ふう、着地できるものだな。人間とはかように頑丈なものか」
ジョイズ・モントレー。
粉塵の中から姿を見せるグロウス王国の近衛師団長は、腕を組み、自身の身分を表す赤黒い外套(マント)をたなびかせながら、黒金の鎧姿のまま大剣の柄の上に着地していた。
(うわあ、腕組んでんよ……)
そのジョイズ・モントレーの格好にアグニとミーナは初めこそ呆然としていたが、しかし次第に可笑しさが込み上げてくると、仕舞いには大声で笑いだした。
豪放の魔蛟竜という化け物や、超高々度からの落下という危機を乗り越えて、最後に見たのが互いの笑顔ではなく、大地に突き刺さった大剣の柄に着地するゴーレムのようなおっさんであれば、それも分からないでもないのだった。
†††
二人の笑いが収まったのは、それから少し経った後だ。
アグニは笑いの残滓を大きな呼気とともに吐き出して起き上がると、笑い過ぎた所為でせき込むミーナの手を引いて立ち上がらせた。
「さて、どうする? 伝説級の魔の谷の底でよ」
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