第三話

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「ここから先、何が起こるか我にも分からん。ここは伝説とも謡われた魔の谷と呼ばれるヘルズネクトの深部にあたる場所だ。豪放の魔蛟竜(フューリーエンドドラゴン)などという出会ってはならない伝説級の化け物が数多く闊歩する場所かもしれん。注意に注意を重ねなければ――」  唐突にゴツン、と。黒金の鎧に包まれたゴーレムのような肩を、アグニは軽く殴った。ついでに、ミーナの尻もポンと押して、可愛らしい小さな悲鳴と一緒に足を出す。 「わーってるよ、おっさん。話がなげぇ。考え過ぎたってきりはねぇんだ。とりあえず、やれることをやってみようぜ? オコチャマンにだってそのくらいわかる。なあ?」  そう言ってからりと笑うアグニに、オコチャマンじゃないもん! とミーナが自分の尻を押さえて、その後を追う。  そんな二人に目を丸くするジョイズ・モントレーはしかし、確かにその通りだなと、無意識に肩肘を張る為に吸い込んだ息を抜くことが出来た。 (考え過ぎてもきりはない、か)  死ぬかもしれないなどと考えていても仕方がない。今は行動するしかない。ならば初めに足を出す。そんな簡単な事にも、先ず思考が来てしまう。それ自体は良い事なのだろうが、それでもジョイズ・モントレーはほんの少し、アグニの背中を羨ましく思った。 (我が君、グロウス王よ。私も歳を取ったようです)  それはアグニの若さを見てか。それとも奔放さを感じてか。  だが、今の自分を変える必要なんてこれっぽっちもない事を知っている王国騎士は、嬉しさの溜息を一つこぼして思うことが出来る。 (我は運がいいようだ。この者達とならば、必ず――)  †††  ジョイズ・モントレーを旅立たせた日の夜、青く淡い魔法の光に揺れる絢爛豪華な部屋に一人佇むグロウスは、執務机から角の生えた小さな兎の硝子細工を取り出して、クリーム色のアウラを輝かせた。拳の中に収まる程度のそれには魔法陣が刻まれていて、魔力を込める事でグロウス城下という一定範囲の者と思考を交わす『遠話術式』を発動させる。 「(知っての通り、今日、ヘルズネクトに騎士達を差し向けたが、どうだ様子は?)」  頭の中に僅か生まれる空白の時間で息をつき、グロウスは相手からの応答を待つ。小豆を洗うような音がノイズとして数秒流れ、フツ――と、他人と思考が繋がる不思議な感覚が体を包むと、重たくも透き通った女の声が頭に届く。
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