第三話

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「って、この傷じゃ声は出せないか。いや、それでも大したもんなんだぜ? 丸一日、自分の魔力を回復に回していたんだろうけど、よくもまあ、そんな気力が持ったもんさ。さすがは隠密だよ。少しでも回復をしない時間があれば死んでいただろうから、その判断は正しかったんだが……いやはや、本当に魔人並みの精神力だと驚くばかりだね」  話しかけている救護員は女の体中に包帯を巻き、周囲に立つ連中が失血で半分ショック症状を起こしている肉体に、真聖典八章十三節という回復魔法で生命力を補填していく。 「にしても、グロウス陛下直々の命令とは恐れ入ったぜ。隠密はその特性のせいで〝いつ死んでもおかしくない措置〟が施されているもんだが、まさか、陛下との直通回線を持たせられているとはよ? よっぽど信頼されてんだな、あんた。そのおかげで、俺は救護員としてあんたの命を助けられているんだから万々歳ではあるが、本当に、俺は今日という日を信じられんよ」  棺桶から這い出てくるアンデッドの様に女の体を包帯でぐるぐる巻きにした救護員は、水で薄めた虹のような色の薬を最後に飲ませて、ベッドからシーツをはぎ取り、簡易的な担架として使用した。  途端、薬の所為か、他人の言葉に安心したからか、女の意識が一気にぼやけ、思考する事さえ出来なくなる。 「おいおい、なんだ。そんな心配そうな目ぇして。任務の事で不安があるのか? はは、なら安心しなよ。数時間もあれば肉体も魔力も元通りだ。あんたの様な魔人並みの精神力がある奴なら、もっと早く回復するかもな。――ここだけの話、本当なら、さっきのは王族にしか使わない薬だったんだぜ? そのくらいの効果はあるんだよ。陛下直々の命令だから使ったがな――。だから、今は眠っておくことをお勧めするよ。あんたの任務がなんなのかは知らないが、死んだら元も子も無いだろう。第一、あの薬を使って死なれたら、俺の首が飛んじまう。俺の首を繋げるためと思って今はゆっくり――……」  そして、女の意識が完全に閉ざされた。  それを確認した救護員は、鋭い視線に危機感を混ぜ込んで静かに叫ぶ。 「急いで城へ運べ。聖典詠唱間違えんなよ? 一小節でも間違えたら患者が死ぬと思え」  直後、女は騎士らの手で運び出され、城へと搬送されていった。  話しかけていた救護員は女の包帯の下を思い出して背中を震えさせる。  数十か所の鋭い切り傷。
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