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 この世界には伝説がある。  数多くの物語に使われるが故に誰もが知り、生きた自然災害と呼ばれるドラゴン族の一つ〝豪放の魔蛟竜(フューリーエンドドラゴン)〟の話や、現存する地図の大半を占めるトルティーニ大陸を拳一つで割り、ヘルズネクトという巨大な谷をつくったとされる名も無い巨人の話。  あるいは。  世界に数個しかないとされ、その力は日光により己の分身を数百人単位で作り出せると言われる天然プリズム鉱石〝魔連隊の召喚石(サメントプリズムレジメント)〟の話や、永久の生命を齎すと囁かれ、しかしそれが元で禁忌とされる魔具〝尾を飲み込む円環の大蛇(リング・オブ・ウロボロス)〟という指輪の話。  それはどれも眉唾物の話であり、唯一その存在が実しやかに人々の口に上がる〝豪放の魔蛟竜〟でさえ、物語のラストを飾る為に劇作家が作り上げたものだと言われている。 だが。  話が伝説と成るには、どこかに信憑性のある史実が絡んでいる場合が殆どだ。  それは、信じられない程に強大な竜を、記憶に残そうとした話が元かもしれない。  それは、坑道に充満するガスによって、目を回した鉱山夫の幻覚が元かもしれない。  それは、隕石が落ちた光景を巨人の拳に見間違えた、子供の落書きが元かもしれない。  ただ、それらがすべて『かもしれない』ということも、忘れてはいけない事だろう。 伝説は本当なのか、それとも人の噂から生まれたお伽噺なのか。  実際には、どちらが真実なのか定かではない。  いや、わからないからこそ、伝説は伝説足り得るのか。  どこかの誰かの妄言であったり、願望であったり、教えであったり。  それらが伝説となるのだろう。  中にはわざと伝説のように装って実態を隠す事実もあるだろうが、人々の口に上がる文言の中に伝説という一言が混ざっていれば、それはもはや伝説の一つだ。  だからこそ。  この世界には伝説がある。  伝説の中の伝説から、母親が寝物語に聞かせる小さな伝説まで、数々の伝説が。  これは、そんな伝説溢れる広い世界で起きた、小さな物語である。
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