あの日捨てたもの

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飽きるほどの時間を君と共に過ごしてきた。僕達が出会ったのは、2人が3歳の時だったらしい。僕よりずっと泣き虫だった君のことを今でも確かに覚えている。 そんな出会いから何度も同じ季節を超えて、僕らは少しだけ大人になり始めた。 たくさんの月日を過ごす中で僕が彼女のことを特別な存在として見るまで、きっと時間はかからなかった。 「あ、りーくん、おはよう!!!」 僕を見つけた彼女はいつもの調子で駆け寄ってくる。 「おはよう、優奈」 可愛らしいその姿に、今日も頬が綻ぶ。 毎日見ている光景なのに、それでも可愛いと思ってしまうのはやっぱり君だから。 通い慣れた通学路をいつもの様に談笑しながら歩く。 昨日見たテレビのこと。家での家族の話。 どんな小さな会話も君とならば特別だった。 少しずつ同じ制服を着た生徒が増え、校門が近づいてくる。そしてそれはほんの一瞬の変化。 だけど君の瞳が少しだけ熱を帯びたことに、ずっと一緒にいた僕が気づかないはずがなかった。 「水樹先輩!!」 少し頬を赤らめた彼女は嬉しそうに先輩に駆け寄る。 その様子はまさに恋する少女そのものだ。 「おはよう、優奈ちゃん」 それに気づいた先輩は、いつもの爽やかな笑顔でこちらに軽くに手を振った。 「おはようございます!!」 噛みそうになりながらも、頬を赤らめ懸命に挨拶するその姿に僕は苛立ちが募る。 「先輩今日もかっこよかったなぁ」 先輩が校舎に向かうその後ろ姿を見送りながら、優奈はうっとりしながら呟く。君はいつだって僕の気持ちも知らないで。 いつだって1番近くにいたのに言えなかった。 一番近くにいたからこそ、きっと言えなかった。 言ってしまえば戻れないから。全て壊れてしまうから。 君を見ていれば、僕を恋愛対象として見ていないことなんて、嫌という程、分かってしまうから。 そんな僕が君と結ばれることなんて、これから先もありえなくて。 こっちを向いて。 そう、何度だって考えるのに。 彼じゃなくて僕にしなよって。 今にも言葉になってこぼれ落ちそうなのに。 君は、僕には向けない幸せそうな笑顔で彼の話をするから。 「うん、そうだね」 なんて、口をついてでるのは同意の言葉。 言えない気持ちだけが、静かに募ってく。 そんな僕を嘲笑うかのように生ぬるい夏の風が僕らの間を通り抜けていた。
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