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――泣きそうだ。
そう思った時にはもう遅い。
彼女の目からひと粒の涙が溢れ落ち、途端に、ぱたぱたぱた、と涙の雨が降る。
私の苦手な、彼女の泣き顔。
美しい、彼女の泣き顔。
初めてその様を見た時は、ただ狼狽えることしかできずにいた。
二度目は、ハンカチを差し出すことしかできなかった。
三度目は、ハンカチが汚れていたので、敢え無く己の指で涙を拭い取った。
あたたかい涙が、私の指をしとどに濡らす。
この感触は、恐らく、いつまで経っても忘れられないのだろう。
彼女を慰める言葉も碌に思いつかず、気の済むまで泣かせ続けることしかできない自分の、なんと情けなくて無力なことか。
ああ、それでも。
それでも、この指を濡らす涙さえ、愛おしいと思ってしまう自分の愚かさが憎い。
静かに涙する彼女をそっと抱き寄せて囁いた。
「ごめんなさい、愛しています」
辿々しく背中にまわされた彼女の腕が、きゅっと私の体を締めつける。
「泣かせてしまって、ごめんなさい。
あなたの涙を止めることすらできなくて、ごめんなさい。
私ではあなたを幸せにできないかもしれないのに、それでも、私はあなたのすべてを愛しているのです」
あのね、と彼女は涙声で告げた。
「これは、嬉し涙なの。だから、謝らないでください」
――私も、貴方を愛しています。
ああ、どうしよう。
今、幸せすぎて、泣きそうだ。
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