プロローグ

1/9
521人が本棚に入れています
本棚に追加
/237ページ

プロローグ

 昼下がりのじりじりと照りつけるような陽光の下、ひとつの幌馬車が砂漠を行く。やや小さめの馬車を引いているのは、全身が長毛に覆われた大きな四肢動物、モファロンだった。暑苦しい見た目をしているが、高温乾燥環境に適応した、砂漠地帯の固有種である。  彼らの身体中を覆っている太い長毛は中空になっており、内部に水分と栄養素をたっぷり含んでいるため、しっかりと食料を与えておけば一週間は飲まず食わずでいられる優秀な騎獣だ。あまり足が速くないのが難点ではあるが、長期に渡る砂漠越えが必要なこの国では大変重宝されている。  足に纏わりつく細かな砂をものともせず、モファロンは確かな足取りで前へ進む。  しかしこの幌馬車、少々奇妙である。通常こういった馬車には御者がつきものであるのだが、この馬車にはそれがいないのだ。モファロンは温厚で賢い騎獣だが、御者が不在の中できちんと目的地を目指せるかと言うと、難しいと答えざるを得ない。手綱を握る者もなく砂漠を闊歩するこの馬車は、やはり得体が知れないと断ずるほかなかった。  奇妙な馬車が砂漠を行く中、不意に幌の覗き窓を覆っている布が上げられ、何かが顔を出した。 「……やっぱり外は暑いね、ティアくん」  外の眩しさに目を細めてそう言ったのは、右目を眼帯で覆った少年である。呟いた彼に対し、その首のストールからひょっこりと顔を出したのは、炎色をしたトカゲだ。  そう、この奇妙な馬車の乗客は、天ヶ谷鏡哉とティアだったのである。 「……僕、砂漠なんて、生まれて初めて来たよ」  砂漠に覆われた、豪雨と雷の国。彼らは今、リアンジュナイル大陸西部に位置する国家、黄のリィンスタット王国に来ているのだ。
/237ページ

最初のコメントを投稿しよう!