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常と変わらない落ち着いた声でそう言ったレクシリアに、ジルグが僅かに眉根を寄せる。
「しかし、それでは海側の守りがなくなります。最も警戒すべきは海だと仰ったのは宰相閣下でしょう」
「おや、その見通しに反した場所で多発的に魔物が湧いている現状において、まだ私のその考えを支持して頂けるのですか?」
柔らかく微笑んで首を傾げたレクシリアに、ジルグが更に顔を顰める。
「馬鹿にしないで頂きたい。俺は貴方が優れた参謀であることを知っています。それに、確かに多発的で厄介な襲撃ではありますが、致命的な物量で押されている訳ではない。……これは明らかな陽動だ。それが判らないほど、俺は未熟ではありません」
ラルデン騎士団の団長は、五人の騎士団長の中では最も若い。それを揶揄しているのならば心外だと言わんばかりの声に、レクシリアは素直に頭を下げた。
「いえ、そういうつもりではなかったのですが、不快な思いをさせてしまったのなら申し訳ない。ただ、貴方の信がどこにあるのかを知りたかっただけです」
「それこそ心外だ。……俺はこれでも、妻と国王陛下の次に義兄上のことを信頼しています」
真顔でそう言ったジルグに、レクシリアが苦笑する。
「国王陛下は仕方ないですが、我が妹よりも立場が下とは」
「俺は誰よりも彼女を信じ、愛しておりますので」
やはり真顔でのたまった若き騎士団長にもう一度苦笑してから、レクシリアは卓上の地図に指を滑らせた。
「空から魔物が降って来るとの報告から予想するに、恐らく帝国は渡り鳥を利用して空間魔導を使っているのでしょう。鳥たちの動向に注意を払いつつ、住民たちを内陸部へと誘導してください。必要に応じて、大型騎獣を使っても構いません。砦より南側の魔物については、基本的に海浜部の駐屯所からの人員だけで対処できるかと。報告を聞く限り、南に行くほど魔物の数が減るようですから」
レクシリアの指示に、ジルグは眉を顰めた。魔物の数が少ない海浜部の国民を避難させるというのは、海の守りを諦め、万が一のときに国民に被害が及ばないようにするための措置だと思ったのだ。
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