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第1章
心臓が激しく鼓動している。いくら空気を吸い込んでも呼吸は落ち着かない。手に巻いたワイヤーを解こうと思ったが、手が震えて、食い込んだワイヤーが外れない。
目の前にうな垂れた躯体は先ほどまでの生気を失っている。この状態を見れば誰が見ても絶命していると思うだろう。
でも、念のため、脈を確認しておこう。彼女の長い艶やかな茶髪をかき分けると白い滑らかな首筋が現れた。未だに震えの収まらない指先をそっと押し当てる。指先からはまだ温もりが伝わってくる。
脈は消えているだろうか?
呼吸を落ち着かせ、指先に意識を集中する。彼女からの答えはない。彼女の顔を覗き込むと、首を締めたせいで顔面が鬱血して紅く腫れてしまったがこの程度なら問題ないだろう。
彼女を抱きかかえ持ち上げる。
結構重いな。
僕よりも背が低く、痩せているので体重もそれほどないはずだけど、でろんと頭と腕を垂らした姿勢のせいか妙に重く感じる。
両手が塞がってしまったが、幸いこの部屋はワンルームなので、扉を開ける手間はかからない。彼女をベッドに寝かせ、口からだらしなく垂れた涎や鼻水を拭き取る。
目尻から頬にかけて水の伝ったような跡があったので、布を這わせて拭き取った。涙の跡だろうか?
後ろからワイヤーで首を絞めていたので気づかなかったけど、もしかしたら泣いていたのかな?
今の彼女の顔には苦痛や悲しみの表情はない。
安らかな寝顔だ。
衣服を取り去ると局部からは尿が漏れ出して下着を黄色く濡らしていた。
しまった、先に用を済まさせておけばよかったと後悔した。
彼女を浴槽に連れていきそっと寝かせる。
クロゼットから取り出してきた溶剤を並べ、ラベルを確認する。手順を印刷した用紙を確認する。
まずはホルマリンに浸す作業からだ。
浴槽の蛇口を開き一定の速度で水を流し込む。その水の十分の一の量になるようにホルマリンを流し込んでいく。
風呂場の換気扇を回し、マスクをしていても溶剤の強烈な刺激が鼻をつんざく。さっきの小便とは比べものにならないな。
ホルマリンには一週間浸さなければならない。
気がついたら汗をかいていたので彼女が浸かっている浴槽を密閉して、隣の洗い場でシャワーを浴びた。浴槽は密閉したはずなのに、微かにホルマリンの匂いが漂ってきて気分が悪くなった。これでは当分風呂場は使えない。
銭湯を探そう。
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