2人が本棚に入れています
本棚に追加
「えっ、プロポーズされた?」
思わず、大きな声が上がった。
飲もうと持ち上げていたマグを、テーブルに置きなおす。
「え?学生結婚?あ、それとも卒業してから?」
驚きに任せて訊ねれば彼女、三花は困ったような笑みを浮かべた。それでも、そこはかとなく嬉しさが滲み出ている。
「そんなちゃんとしたものじゃないよ」
「でも、指輪貰ったんでしょ?何て言われたの?」
昨日は三花の誕生日だった。
当日は予定があるとのことで、今日私の部屋でお祝いをしていた。プレゼントを渡して、買ってきたケーキを食べている時、何となく前日の予定はなんだったのか訊ねてみたのだ。
来た時から何やらそわそわしてたから、何かあったんだろうなとは思っていたのだけれど。返ってきたのは指輪を貰ったという話だった。
三花は両手で包んだマグに視線を落として、口を開いた。
「誕生日プレゼントにって、手作りのくまのぬいぐるみを貰って」
彼女に手作りのぬいぐるみを渡すなんて、相当度胸がある。
「首に指輪を通した紐がかけてあって。冗談でプロポーズみたいって言ったら、そうとってもらって構わないって」
「うわー。気障ったらしい」
ちらっと視線をあげた三花は、そっと微笑んだ。
「自分にそのつもりがあるってことを伝えておきたかっただけだから、返事は私がしてもいいって思えたタイミングでいいって。いくらでも待つって」
「へぇー」
喜びを噛みしめるというには、こんな表情をいうんだろうか。彼女は今、この上もなく幸せなんだろう。
ざらざらとしたものを飲み込むため、マグに口をつけた。
「てかさ、付き合ってる人がいたなんて聞いてなかったんだけど。何で隠してたのさ」
「隠してたわけじゃ。向こうも同じ気持ちなんだろうなとは思ってたけど、きちんと付き合ってはなかったから」
「ふぅん」
私は同好会の先輩と付き合っていて、それは彼女含め周囲の人も知っている。それでも、指輪を貰ったことはまだないし、プロポーズなんてなおのこと。なのに、付き合ってさえいなかった彼女は。
胸に、黒いものが広がる。
「……相手、どんな人?てか私も知ってる人?」
「んー、まだ内緒。きちんと返事してから紹介するね」
そっか。まだ返事はしてないのか。
この日が、彼女と話した最後の日だった。
最初のコメントを投稿しよう!