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警察の話では、あの子と最後に会ったのは私だったとのことだった。その後一度自宅に戻った形跡はあるものの、再度出かけてからの行方はさっぱりつかめていないらしい。
気にはしていた。心配もすごくしていた。それでも、時間がたてば薄れていくもので。自分がプロポーズされて、あの日のことを思い出した。だから、あのぬいぐるみを見て、動揺してしまった。
冷たい風に、身を竦める。かさかさと音をたてる葉を踏みしめ進む。
せっかく、忘れてたのに。
振り払うように、早足になる。楽しげな街の喧騒が煩わしい。本当なら、今の私は幸せで一杯のはずなのに。あの日のあの子の表情がよぎる。唇を噛みしめる。
ふいに視界に入ったショーウィンドウ。そこに映り込んだ人影に息が止まる。慌てて振り返る。人混みの向こうに、あの子の姿があった。
長い髪。愛用していた茜色のストール。わずかに俯いた、その横顔。
頭が、真っ白になった。
「……先輩?」
声をかけられ、振り向く。
「クマ?」
後輩だったクマ、熊谷だ。わずかに頭を動かした。会釈のつもりなのかもしれない。
「……今、そこに三花が」
「っ!」
クマが勢いよく辺りを見回す。
「どこに」
「一瞬だったし、多分見間違い。それより、何でここに?」
「……ちょっと、買い物に」
そりゃそうか。
会話をして、少し落ち着いた。一度深く呼吸する。
「……本人だったとは、思わないんですか?」
「だとしても、きっと私は憎まれてるから」
怪訝そうな表情を浮かべられた。
「ケンカでも……?」
「……あの子の物、勝手に捨てちゃったから」
言い方は悪いけど、クマはゴミ箱みたいな子だ。愚痴とか弱音をただ黙って聞いてくれる。口も固く、穏やかな性格なので皆から可愛がられていた。
「……クマさ、あの子に恋人いたって話……」
「恋人なんていません」
思いの外強い口調に驚く。気づいたクマはバツが悪そうに視線をそらした。
それでも、はっきりともう一度言った。
「三花先輩には、恋人なんていません」
見た目に反してぬいぐるみ好きのクマは、よく三花に作ってもらっていた。もしかしたら、あの子に憧れを抱いていたのかもしれない。
さっき姿が見えた方に視線を向ける。きっと見間違いだ。そうでなくてはならない。だって、今さら返してと言われても、無理なのだから。
それなのに、
数日後、返してと切り張りされた手紙が届いた。
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